【書評】 オサヒト覚え書き 関東大震災篇


『週刊  新社会』第1328号(2023年10月25日)

 

書評・石川逸子著『オサヒト覚え書き 関東大震災篇』(一葉社、2023年)

鈴木裕子(女性史研究者)

 

 著者は高名な詩人だが、歴史にも造詣が深く、これまで何冊も歴史的著作を上梓されている。あとがきによれば、この本の完成に6年を費やしたという。力作である。

 今年は関東大震災から満100年を経過する。この方面の研究に最初に本格的に着手されたのは、在日の歴史家、故・姜徳相氏である。姜徳相氏のこの面での観点は実に鋭いものがある。歴史的資料の裏付けに基づき、かつ明確な視点がある。「日本の民衆が流言飛語に乗せられて虐殺したというのは誤りで、軍隊と警察が率先して朝鮮人虐殺を実行し、朝鮮人暴動のデマを流して民衆を興奮させ、虐殺を煽動」、「国家権力を主犯に民衆を従犯にした民族的大犯罪、民族的大虐殺」という旨の主張である。わたくしもこの主張を正しいと考える。

 本書が他に取り上げている「中国人大虐殺」、戦闘的労働運動家(亀戸事件)や、大杉・伊藤野枝夫妻、薬行商人の被差別部落の民衆に対する虐殺(福田村事件)なども、その延長線で捉えられるのではないだろうか。もとよりこれは大きな括りでいっているのであって、当然違いがある。が、支配層にとっては、苛酷な植民地支配や属国扱いしている朝鮮・中国などの抗日独立運動と日本の社会主義運動・労働運動が結合し連帯し、反帝運動が高まることを警戒して「大虐殺」に及んだものとわたくしはみている。

 朝鮮に関して言えば、ついて1910年の「韓国併合」(韓国強制占領)以前より、大日本帝国による徹底的な弾圧・民衆搾取の政策が展開されていた。これに対し朝鮮民衆は義兵闘争以降、抗日独立の火を燃やし続けた。「韓国併合」を挟み、1919年の文字通り挙族的な三一抵抗運動が朝鮮全道で展開され、朝鮮総督府政務総監水野錬太郎や同警務局長赤池濃などの内務官僚(のち彼らは日本に帰り、関東大震災時、内相、警視総監を務めていた)を著しく震えさせた。同年5月には中国北京で学生たちによる抗日の五四運動があり、日本帝国主義は深い脅威を覚えざるを得なかったであろう。

 以上のようなことを念頭におきつつ、本書を読むならば、著者がいうところの明治天皇の父、オサヒト孝明天皇の亡霊が導く「反帝ドキュメンタリー・ノベル」第3弾としての本書を大変興味深く読みかつ実際に行われた歴史的事実を容易に摑むことができよう。石川さんの丹念な調査と巧みな筆捌きのなせるわざでもある。章のタイトルを掲げておこう。「朝鮮人虐殺を追って――3・1独立運動」「関東大震災時の朝鮮人虐殺を追って」「関東大震災時の中国人虐殺を追って」「関東大震災時の亀戸事件ほかを追って」である。巻末には子細な参考文献が付され、より深く学ぼうとする人にとっては便利である。小説仕立てであるがゆえに読者を惹きつけつつ、書かれている内容は歴史的事実であり、普通の学術的な著作と比較して手早く読める。

 さて、今日100年も立つというのに、今に至るも日本国家は関東大震災の折の国家犯罪・国家による大虐殺を少しも調査せず、裁きもせず、法的謝罪・賠償も行っていない。安倍晋三―菅義偉-岸田文雄と続く最近の政権は、松野博一官房長官は8月30日の会見で「記録にない」と事実さえ否定しようというのはどうしたわけか。著者もあとがきで触れているように昨近の日本の軍事費の膨張に次ぐ膨張、殺傷能力のある兵器輸出に向けての動き、米国からの武器の「爆買い」も続いている。さらに韓国の尹錫悦保守政権になってから、日米韓の軍事同盟が強化された。文在寅前大統領時代の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)との融和政策が一変して、中国・北朝鮮への敵視政策が強まった。日本の住民・国民の意思を無視し、暴走する政治が行われていることと、かつての国家犯罪・戦争犯罪を否認することとは軌を一にしているものと考えるものである。

(すずき・ゆうこ。23年9月27日記。原文)

 

 

『ヒロシマへ  ヒロシマから』No.2316(2023/7/21)

 

レイバーネット日本「週刊 本の発見」第307回(2023/7/20)

 

http://www.labornetjp.org/news/2023/hon307